うどん屋    門倉哲史(さとし)

 

 それはある日の昼前の事である。母が来て「ねえ、哲史。角のうどん屋へ行ってうどん玉を買って来てくれない。」と云った。それから母は声をひそめてこう付け加えた。「あのうどん屋の店員がちょっと変っていて、こっちがうどん球3個って云っているのに7個も8個も余分に入れてのよ、代金は3個分しか取らないのに。だからうどん球3個って云って買って来て頂戴。」私は母に頼まれたので、そのうどん屋へ行った。無愛想な男の店員が出て来たので「うどん球3個下さい。」と注文した。店員は何も云わず奥のうどん球の箱へ行き袋にうどん球を入れ始めた。見ているとうどん球を3個どころか7個も8個も入れている。店員が戻って来て私に袋を渡した。勿論、代金は3個分しか取らなかった。私は、そのずっしりと重い袋を家に持ち帰った。母はやっぱりと云う顔をして微笑んだ。

 それから、私の街も木枯らしが吹き荒れる寒い冬を迎えた。私が街を歩いていると交差点でばったりそのうどん屋に店員に出会った。彼は白い帽子、長靴、白衣の店員の服装のまま街を歩いていた。若いと思っていたが髪には白いものが混じっていた。目にはうっすらと涙を浮かべ肩を怒らして私に前を横切った。その時、彼は左手にしっかりと握り締めているものが見えた。アンパンだった。

私は急に彼が哀れに思えて涙が出そうになった。何かは解らない悲しみに襲われた。

何が彼に身にあったのかは知れないが、握り締めたアンパン一つが彼の好物で食べているときだけは彼は幸福なのだろう。
そう思う事だけが私がこの悲しみから逃れる唯一の方策だった。

人はパンのみよって生きるにあらずという御言葉があるが、主は彼の手にアンパンを握らせて彼をお救いになっている。

私の心に木枯らしが吹き荒れた日だった。

 

 

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