|
訓練車が片側のみ赤スカートになったというので、撮りたいと思っていた。以前、この車両だと思うのだが、走行ビデオ撮影車としてカメラを搭載してた頃、石岡で遭遇し先回りして構えていたら、石岡で折り返してしまい撮り逃した苦い経験を持つ。このため、一度は撮りたいと思っていた。何度か情報は頂いたのだが、日立の方で遠かったこともあり、腰が上がらなかった。今回は成田線入線と言うことであり、大宮も通過する。行かない手はない。
|
|
EF65501を撮影し車を回すと、残念ながら赤スカート側ではなかった。それにしても久しく会わなかったボンネットの存在感はどうだ。遙か彼方にいるというのに、何かものすごいオーラを放っている。珍しくなった塗装のせいなのか?驚きにも似た気持ちの高揚に戸惑いながら、私は発車のときを待っていた。編成は短く、側面の白テープもセンスないが、この美しいデザインは貴重だと思う。間もなく保存車でしか見られなくなると思うと、ちょっと恐怖にも似た恐ろしさが沸いてくる。ボンネットのいない日本なんて・・・。
|
|
東大宮で赤ボンネットが撮れなかったので、成田線に行かなくてはならなくなった。幸い?百里でF15を撮影中、曇ってきてしまったので車を回すことにした。EF58以来の成田線。懐かしい。撮影地もうるおぼえなので、地図を便りに光線の良さそうなところをロケハン開始。意外に早く好みの所を発見、時間もないのでここに決めて、草刈りをはじめる。準備できてほどなく、薄日の射す好条件で赤ボンは現れた。だいたいのダイヤしかわからなかったので、追いかけはせず、東洋バスの旧塗装を探しに行って、そのあと返しのロケハンを始めた。
|
|
今回は編成が短いこともあり、直線で撮りたくはなかったので、カーブを狙ってロケハンしたが、あいにく希望のところがなく、そのうちギリギリに。大丈夫だろうとたかをくくっていたら、何とすれ違ってしまった。(よくやるのよ・・・。) あきれめきれず、追跡開始。我孫子で少し止まるので、追い越せるのではと思った。道はノロノロ運転で思うように先に行けず、なかなか追いつけない。昔の撮影記憶が参考になって、我孫子先のポイントを渡るところで少し変化が出せるのではと車を回した。4両だからゴハチの頃のようなウネウネは撮れなかったが、少し明かりも落ちて照明の効いた写真になった。このボンネットも大宮に建設中の鉄道博物館に搬入されるという、と言うことは引退間近と言うことか。能登編成も情報は知らないが、そう長くないことだろう。のんびりしている間に、その時はとても近くなってしまったようだ。
|
(2004年12月撮影)
|
|