休日が終わりいよいよKMTインドネシア支社、そしてプロジェクト「A・A」が立ち上げられた。貨物船襲撃事件に関する捜査は、長引けば長引くほどKMTの活動に支障をきたすと判断した上層部は、事件を継続捜査ということで当局にゆだね(事実上犯人を捜すことを放棄したと言ってもよかった)、懸案であるインドネシアにおけるロボッター制度の確立に全力を尽くすこととなった。法案自体は今年中にインドネシア国会で修正審議され可決され、その後に具体的なロボッター制度の導入が始まる。
インドネシア支社建設はというと、無事建設が終了し、この地からアジア地域全般とオーストラリア、現時点での欧州へのQMの全面投下が始まった。日本へは、国会の混乱を経て、PROTECTOR,MEDIE,ZIPPERの3機種が自衛隊向けに投入開始、その外廉価版としてVISIONARYの投入が始まった。
私の所属する特別作業統括部第一作業課のメンバーは
渡部景伊(課長)、我妻嘉宏(主任)、硲修平(作業統括員)、諸川霞澄美(作業統括員)、高橋宥輔(作業統括員)、杉本信也(作業統括員)、荒井雄三(作業統括員)、佐野隆人(業務見直し後再編人員として配置。作業統括員、システムエンジニア)の8名であった。結局研修での模擬戦メンバーがそのまま課のメンバーとなった。
作業統括員とは、各地のロボッターや顧客を担当する営業だが、自分たちも各作業現場で指揮命令するということで「統括員」となっている。ようするに、現場監督と言うことである。ロボッターの指導があることからそのように堅苦しい名前になっている。私は、営業からは外され、商品を売ることはなくなったが、要するに末端管理職であってめんどくさい人間関係の処理を行わなければならないという事には変わりはない。
「ああ、いつになったら商品開発部のほうにいけるのかなあ・・・」
そんなことを、私はいまだに考えていた。貨物船襲撃事件の中で若干人間関係の調整には自信はついたものだが。
インドネシア支社での私たちの仕事は法案が修正審議され可決されるまでは実質的に開始されないわけだから、支社での最大の業務は主に工場の稼動と、営業活動にあって、私たちはインドネシア各地でロボッター制度の講習を開いたり、ロボッター制度が立ち上がった後のこまかな作業マニュアルを作成したり、絶対的に不足しているロボッター志願者を探したりというような業務が主であった。法案はもう2,3ヶ月後には全て国会を通過するのでそれまでに間に合わせなければならなかった。
2,3ヶ月程は、何もなく、忙しい業務の日々が続いた。
部下の中ではやはり硲がどうも現場の人間とトラブルを起こすことが多く、また他の人間も、社会に入ったのがつい最近、しかも外人相手ということでなかなか上手くいかないようで、渡部課長は上部組織との折衝ばかりしていたから実質私が現場折衝を行わなければならないことも度々であった。
しかし、悪い気はしなかった。なんと言っても部下がいるというのは自分にとって励みというか、責任感がでてきた。部下達は皆基本的に非常にいい奴らだったので仕事も、いろいろあるが精神的にふさぎこむことはなかった。
法案も無事通過し、業務の仔細も確定しつつあった。
ところがある日以前会社のプロジェクトの内幕を調べておいてくれないかと打診しておいた同僚から電話が入った。それは私が帰宅した、ちょうどその時電話がかかってきた。
「おい、我妻、総務部のやつから内々に情報のリークがあったぞ。会社がインドネシアで軍事拠点作りを計画しているという週刊誌報道がでるらしい。広報部も対応を協議し始めたということだ。週刊誌が出たら送るよ」
「軍事拠点作り?どういうことだよ。詳しく話してくれよ」
「なんでも『A・A』計画には、政府、外務省、防衛庁を含めた極秘文書があって、その一部をマスコミが入手したということだ」
「お前そんな情報よく入手できたな」
「ああ、かなり苦労したぞ。しかし本社では貨物船襲撃事件以来主流派と反主流派の対立が又表面化してな。どうも硲さんあたりが強行に会社の経営に文句をつけ始めたらしいんだ」
主流派とは、もちろん現経営陣であり、反主流派とは正義の月の闘争以来形成された会社の方針に異議を唱える勢力であった。硲硬偉理事などはその先鋒であった。
「そうか・・・。しかしせっかく業務も落ち着いてきたのに又波風立てるのか?止めてほしいなあ」
「とにかく週刊誌は送るよ」
「どこだよ出版社は。WEBでも見れるだろう」
「まあとにかく送るよ。どこかは知らん」
「なんだかこの会社はわからん、とにかく」
「まあ、表面上はけっこう暇なんだがな。又何かあったら送りたいが、もう止めるよ。けっこうヤバメだからな」
「ああ、もうこれ以上俺も何も言わん。ありがとう」
又えらく過激な話が舞い込んできたものだ。
同僚の電話から1時間も経たないうち、再び電話がなった。私は今しがた緊張するような内容の電話があったので、少々びっくりして恐る恐る電話に出た。すると、電話してきたのは高田元課長であった。
「おい我妻、突然の電話ですまんが、今度会えないか?」
「こんばんは、高田課長、どうしたんです。こんな時間に」
「すまん急いでいるんだ。いつ会える?」
「え、どうしたんですか?会えるって何処で?」
「インドネシアに俺が来る。お前宿舎だろう?どこか場所を設定してくれ。非常に重要な話があるんだ」
「そんな、突然いわれても・・・」
高田元課長はひどく小声で話していた。何となく察しはついたが、突然そんなことをいわれてもどうしていいかわからない。
「えー、えーと、じゃあ、ジャカルタ空港のホテルなんかどうです?」
「わかった、いつが休みだ?」
「えーっと、ああ、3日後は休みです。2日休みです」
「わかった。ジャカルタ空港に現地時間の10時に来る。その後一度連絡するからできるだけ人が多いところで待っていてくれ」
「わかりました」
「じゃあ切る。突然ですまん」
「はい。じゃあ3日後ジャカルタ空港で」
私が確認を取ろうとしたときすでに電話はきれていた。どうやらいよいよ厄介な問題が身に降りかかってくるようだ・・・。