高田氏から連絡がないまま2週間ほどが過ぎた。A・A計画に関する疑惑のようなものは生半可な形でいつも私の目の前に現れてくる。わたしの周りの人間は課長も含めて何らかの事実を知っているかもしれないのに誰もが本当のことを言わないし明かそうとしない。しかも今度は事実の一端を明確にしているであろう文書を自分が持っているのにちょっとした手違いのおかげでそれから遠ざかっている。不快だ。何処にもその気分をぶつけることができぬまま私は過ごしていた。
「我妻君、今日は大事な話しがあるから仕事が終わった後ついてきてくれ」
渡部課長がそういった時私は大声を出したくなるほどの気持ちだった。どうせろくな話じゃないに決まっている。私はよほどいやな顔をしたのだろう。課長はわたしの気持ちを知ってか、少しやんわりした口調になって私に言った。
「そんな顔をするな。私は君を買っているから誘うんだ。本当なら今日の会合は課長以上の管理職しか出席できないのを無理に言って参加を許可してもらったんだ」
「別に私は出席したいわけじゃないです」
課長はため息をついた。
「おまえ、総務部の河野に情報提供してもらったんだろ。やめろと言うのにもかかわらず。それに高田さんから何度かコンタクトがあったこともばれている。お前会社側に取り入らないと、失職するだけじゃすまない事態になるぞ。私は、課の人間は優秀だと思っているからこそかばうんだから言うことを聞けよ」
高田氏との接触が知られている……。高ぶった気持ちが一方の極に一気に揺れそうになった。
「まだ、まだ今は支社長もそれほど事態を重視していない。しかし君も含めて俺の課の人間はどう転ぶかわからん連中ばっかりだから上層部からしょっちゅう言われているんだ。今はまだ君が妙なことをするような、会社の利益に害するような人間でないと判断してもらっているのだから、今日の会合は絶対に参加しろ」
「行けばなにかわかるんですか?」
「おまえなあ……今外務省アジア局の人間が非公式にインドネシア訪問を行っている。懸案はもちろんA・A計画についてのものだ。それでKMTと外務省で意見交換、わざわざインドネシア支社の人間を集めて話すことの意義は私にはわからないが、要するに現場と話をしてみたいという外務省側の打診があって会合がもたれたんだ。支社長は参加しない。何か重要な事実はでてくるのじゃないか?」
課長は私の目を見て話し続ける。
「私も、実際イライラしているんだ。何も君だけじゃない。事実は何のことやらわからないまま曖昧だ。私自身少し考えてみたがわからないこともある。とにかく君の気持ちもわかるから、出席しろ」
課長は私のことをかばっているのだろうか?いや、彼は自分の役職を遂行しているに過ぎないのじゃないか?しかし、そんな風に考えるようになったらおしまいだ。課長の言葉を信じて会合に参加することにした。
「俺もお前の気持ちはわかるんだ」と、課長は何度か繰り返した。
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会合の場所はKMTの役員専用会議室であった。支社長室の奥に設置されていて厳重なセキュリティシステムが施されており支社長のみがコードを知っている。KMTは情報の管理が徹底しており秘匿すべき部分は全て統括すべき人間に一元化されていた。今日はじめて支社長以外の人間だけで会議室に入ることになる
会議室前に行くと管理職一同が緊張した顔をして並んでいた。支社長は一礼して会議室の入り口を開け、外務省の役人以下全員が入ったのを見てドアを閉めた。会議室は円卓になっており革張りの椅子以外は全く殺風景な印象を受ける。進行は特別作業統括部第六作業課長であった。第六作業課はスマトラ島を主な地域にしている。
「それでは始めたいと思います。皆さんにお伝えしましたように本日は支社長もおられませんし、外務省の方からぜひ本音で話してほしいということも言われましたので、できるだけ気軽な気持ちでしゃべっていただければと思います。始めにご紹介します。アジア大洋州局長の鈴木英資氏です」
アジア大洋州の局長が出席している?事務方が何を言うのか興味があるところだ。しかし紹介された人間はただの役人にしか見えない。50代で頭が禿かけていて眼鏡をかけている。スーツも地味で当たり障りのないものだし、髪の毛も白い。何か特別な情報なり考え方なりを持った人間の顔つきはどこか精悍さが見られるような気がするのだが彼は全くのしがないサラリーマンのように見える。
「どうもご紹介いただきました外務省アジア太平洋州局長の鈴木英資です。私はこの通り、普通のサラリーマンですから皆さんも全く気兼ねせずにいろいろと話していただいてけっこうですのでよろしくお願いします」
実際彼の顔を見ると皆少しばかりホッとしたような表情になった。
「まずなぜ私がKMTに来て話をするのかということですが、その大きな理由の一つは皆さんが日本を出てから遭遇している過激派の襲撃に関するもの、これは、支社長やCEOとも話をして、彼らから言いにくいようなので私から話しましょうということになったのですが、それがあります。二つめはインドネシアにおけるKMTの事業が日本の国家戦略にどのように関係しているのか、特にアジア関連の問題をお話しようと思います。私たちの口からきちんと話しておかなければ、KMTの事業の真意というものも理解できないであろうと思いますので。KMTの事業は明らかに日本の国益と密接に関係しています。ただロボットを作っているだけではない。このことは今後も変わりありません。そのような点も少し詳しく話しておくことによって皆さんもKMTの業務に携わることができることと考えています。KMTの上層部の方は機密にしておくことが適当であろうと言われていましたが私はそうは思わなかったのでお話しようと思います。しかしこの件に関しては非常にデリケートな問題でありますから管理職の方以外は口外できないことと考えてください。三つめは、まあ、私の持論と言いますか、そのようなものをお話したいと思います。それらを話して、皆さんに納得してもらえれば、私がここに来たことも理解してもらえるでしょう。ちなみに皆さんには資料は一切お配りできません。メモはけっこうですが秘匿情報なので最後に点検するということなのでご容赦ください」
「話の途中で、質問はしてもらってけっこうです。私は自由な時間を取っていますので、あなた方の体力の許す限りお付き合いするつもりです」
「防衛庁の方は、来ていないのですか?KMTの戦略というとなにか日本の軍事的な側面に関しての話もあるのではないかと。A・A計画で開発された機種はQMを使った軍隊を連想させます。率直に言ってどうなるのか心配です」
技術調整室の課長が発言した。確かにそのような点も聞きたい。高田氏の話ではA・A計画は軍事計画だということなのだ。鈴木氏は下あごに何度か手をかけ少し渋い表情になった。
「いきなりその話をしてしまうとどうも皆さんの中に先入観が植え付けられてしまいますので、ゆっくりとその話はしようかなと思います。恐らく皆さんはインドネシアに来るまでにいろいろと事件に遭遇されているためにそんな風に考えてしまったのではないでしょうか?日本にいる時には皆さんそのように考えなかったと思うのです。しかしここで手短にはっきり申し上げるとKMTの事業や戦略に自衛隊が入るような余地はありません。彼らは彼らで日本の祖国防衛に対して責任を持っていますし、集団的自衛権の行使に関して、また国内の様々な不測の事態に備えてQM隊もあります。しかし、これ以上政府組織を肥大化させないため私たちは省庁を超えて議論をしています。KMTの事業の拡大やQMの技術の深化はその議論に明快な回答を与えています。近く自衛隊は大幅な組織改革を始めることでしょう。それはくだらないものではなくて現在の技術から裏打ちされたものであると思います。ですから、全く防衛庁の話などは入り込む余地はありません」
私はその話し振りが信じられなかった。典型的な官僚のもの言いだ。高田氏の話もある。
「では、話を進めたいと思います。皆さんが日本を出てからの様々な事件の真相についてです」
皆が鈴木氏の顔を一斉に見る。鈴木氏は横においてある分厚い資料をめくり始めた。
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