#2:ドタバタ 選択 戻る 進む ----------------------------------------------------------------------- 神奈川県 新川崎市 鉄町…… 1995年の悪夢の傷跡さえ感じられないほどに 復興を果たしたこの街は、 20世紀後半の世界よりも幾分住みやすくなった。 空気中の二酸化炭素を取り込む、排気ガスの出ないエコカー。 小型携帯パソコン、Memo-Com。 送電線、電話線などを集約した、 地下に張り巡らされている総合光ファイバーケーブル。 ここまでインフラが整った街は数少ないが、 この鉄町はそういった設備が備えられている。 また、市街清掃もしっかりと行き届いていて、 ごみのポイ捨てに対する罰金などを始めた事により、 とてもきれいな街並みを維持している。 西川康二は、市民公園近くのとあるマンションで生活している。 このマンションでは、他に多くのメテオブレイカーの隊員が住まいとしている。 「ただいま……」 白いT-シャツの上に水色のシャツをラフに着ている少年が、 マンションの一室のドアを開ける。 彼は電気も点けずに自室に入り、部屋に入るなりベッドに倒れこんだ。 『Pi Pi Pi……』 彼――、西川康二は、電子音を耳にした。 『康二、帰ってきたのか?』 20世紀後半の夜中の冷蔵庫のような音と、 アニメ声のような、やんちゃ坊主の声が近づいてくる。 『あ〜ぁ……。 寝るときは、毛布くらいかけろよ』 ドアの音はしなかった。あけたままなので『それ』は入って来れたのだろう。 『飯はいいのか?』 その音声はいつしか康二の耳元で発せられていた。 「いい……」 康二は音声の発生源に顔を向けた。 ……卵のような形の物体の中心に、丸い光が二つ。 その真横に、丸い球体がついていて、そこから腕のような円柱が生えている。 その先には5本指の手がしっかり備えられている。 本体の下部には、二本の足が備わっているが、 それは短く、歩行をすることが困難に見える。 この機械の名は<Egg-Robots>。 特務機関、メテオブレイカーのスポンサー企業、<株式会社ジョン>が 一般向けに販売しているペットロボの総称だ。 卵型の本体に、手足をつけただけと言う全くシンプルな構成の外見とは裏腹に、 学習型AIによる脅威の自己学習機能と、 オプションパーツ及び、ディスク(別売り)の追加による機能拡張機能で、 子供のお守から、近所のスーパーの買い物など、様々な任務を遂行できる、 高機能のお手伝いロボ、これがEgg-Robotsである。 尚、康二はこのEgg-Robotsを<権十郎>と呼んでいる。 「今日さ……、 ガイア兵器と戦ったんだぜ……」 康二は瞳を半開きにしながら、とても眠そうに権十郎に言った。 『模擬戦ってヤツか?』 眠そうな康二に配慮して、権十郎は自分のスピーカー設定を調節し、 小さな声で言った。 「……俺、あの声を知ってる」 『……声って誰のだ?』 「Zzz……」 康二はもう眠ってしまった。 『ふぅ……。 俺は省電力モードに移るぞ、オヤスミ……』 権十郎は部屋を出て行った。 ------------------------------------------------------------------ 太平洋上、アースガーディアン機動空母。 その中の一室、何台かのロッカーがある小さな部屋で、 艶があり流れる黒髪。年齢の割には大人びた顔立ちの少女が、 鎧のような操縦服を脱ぎ、私服に着替えている。 「……はぁ」 ほんの少しの訓練で、自分はあれほどの働きが出来た。 メテオの脅威から人類を守る、スーパーロボットのパイロット……。 自分の仕事はそうだと思っていた。 だが、彼女の初めて受けた指令は、 『ガイア兵器、ガーネシアの実戦データの収集』だった。 その指令を、嫌だとは言えなかった。 彼女が預けられた伯母の家には、もう戻りたくなかったから。 だからどんな指示にも従うしかなかった。 「吉本君…… 私の事、忘れちゃったのかな?」 先ほど戦った機体、<ガーネシア>のオペレーターを、 彼女は知っていた。 だが、彼の名が『吉本康二』から『西川康二』へと変わった事を、 彼女は未だに知らないでいる。 『パイロット……着替えは済んだか?』 渋みのある中年男の声が、扉ごしに聞こえた。 「えっ、ちょ、ちょっと待ってください!!」 未だに着替えの済んでいない彼女は、思わず声を1オクターブ高くする。 「もうちょっと待ってください……!」 扉の向こうで、咳払いが聞こえる。 ――怒ってるのかな? 「き、着替え……終わりました」 『入っていいんだな?』 答えを聞かずに男が扉を開けた。 若干色黒の肌。ボリュームのある黒い髪。 髪の毛から覗く鋭い眼光。 180cm以上の身長を黒いスーツで包んだ男。 アースガーディアン中将、シヴァ・ラディウスだ。 「す、済みません…… スーツがうまく脱げなくて……」 桜は着替えが遅くなった事を謝罪した。 だが、そんな事をラディウスは無視し、話し始めた。 「……水島 桜。 良いデータだった…… 奴にグロラリフを使わせるとはな……」 誉められているのに、そんな気がしない。 <水島 桜>と呼ばれた彼女は、 彼の声に威圧感を感じずにはいられない。 「あ、あの……」 とても言いたい事がある。 だが、喉から先に声を出すのが苦しい。 「どうした?」 声をかけられて、しゃっくりのように小さく息を吸ってしまった。 そのおかげで思わず声が出てしまう。 「いつまで私はデータ収集をすればいいんですか?」 ――あっ、怒られちゃう……!? ガイア兵器に乗ってまだ日が経っていないのに、 生意気な事を言ってしまった。 「……先の戦闘のデータ解析が終了したあと、 すぐにメテオブレイカーに出向してもらう」 「えっ……」 意外な答えだった。 アースガーディアンへ来たのがつい2週間前で、 シヴァに乗ったのが先週の事だった。 だから、先の質問をしたことに恐ろしく後悔したのである。 だが、もうメテオブレイカーへと出向する事となってしまった。 「カルン……いや、ガーネシアを相手にあそこまで戦えるのだ、 オマエならば、即戦力になるだろう。」 「そんな……私はまだ、メテオと戦っていませんよ?」 「メテオを倒したガーネシアと対等に渡り合えたのだ…… 自信を持て……」 「でも……」 ラディウスは、軽くため息をついた後、彼女に背を向けて言った。 「オマエは……ル・グルの知り合いだそうだな?」 「……るぐ……誰です?」 聞き覚えの無い名に、彼女は首をかしげる。 「西川康二……と言ったほうがよいのかな?」 「西川……さんですか?」 「わからないのなら良い。 会えばわかるだろう」 ラディウスは扉を閉めて出て行った。 ---------------------------------------------------------------------- 午前6時50分…… 「……起床」 ベッドから、水色のシャツと、ジーンズをはいたままの少年が、 むくりと起き上がる。 着替えずに寝たためか、シャツはヨレヨレだ。 「さて……」 深く深呼吸をすると、ベッドから降りて、部屋を出た。 一方、リビングでは…… <SETING-NOW 2045.06.15-AM.6:50,34……> 自己診断プログラム、を開始する。 自己発電機構、異常なし。 各種駆動系統、異常なし。 ネットワークから最新情報を確認、 ……機能更新の必要性なし。 卵形のボディーの中央にある大きな黒い線に、二つの黄色い光が点る。 本体側面から生える腕の先端『指』が一本ずつ順番に稼動する。 本体下部から生える足の踵のホイールせり出し、 空回転させてから収納して二本の足で立ち上がる。 Egg-Robots、権十郎は目を覚ました。 「おはよう、ゴン……」 康二が昨日の服のままリビングに入ってくる。 権十郎は振り向くと、何かにボディーが飛ばされた。 『なにしやがんだ!!』 康二が足で蹴って権十郎を転がしたのだ。 Egg-Robotsというだけあって、面白いように転がる。 康二は権十郎に謝りもせずに、キッチンに向かった。 これから、学校の昼休みで食べるための弁当と、 今朝の朝食を作らねばならない。 康一は帰ってきていない。 康二はスクランブルエッグを作りながらふと思った。 ――康さん……ちゃんと飯食ってんのかな? 料理が得意な康二は、連日地下基地で働く康一の体を心配する。 テキトウなジャンクフードばかり食べていないか? もしくはロクに食べていないのではないか? 嫌な仕事ばかりでストレスがたまっていないのか? 寝不足でないか? 脚の『機能』は正常なのか? せめて弁当だけでも届けてあげたい……。 フライパンの火を止め、スクランブルエッグを皿に盛る。 「……まぁ、大丈夫だろ」 調理を終え、リビングに朝食を運び、テレビのスイッチを点け、 ニュースを確認しながら朝食を摂る。 「………」 『………』 昨日のメテオとの戦闘はニュースになっていたが、 さすがにあの機体『シヴァ』との交戦の様子は、 ニュースでは取り上げていなかった。 よく食べ、よく噛み、程よく休んだ後、 康二は自室に戻って夏季標準学生服(半袖白シャツと 黒ズボンというアレ)に着替える。 鏡を2秒見る。 「寝癖……無し!」 教科書ノート類をかばんに詰め込み、 キッチンに置いたままの弁当を取りに戻って康二は玄関へ進む。 『忘れ物はないか?』 「多分ない」 『そ〜いえば、2丁目のスーパーで卵が1個52円だぞ?』 「まじで!? ……じゃぁ、今お金渡すから1パック買ってきて。 ついでに、醤油が切れそうだからそれも頼む」 『わかった、卵と醤油だな』 「あと何か足りないものは……」 『米はあと6合分、味噌は味噌汁20杯分、 砂糖、塩、コショウ問題なし…… あ! インスタントお茶漬け、ふりかけ、 納豆、海苔とかが足りないな……』 「じゃぁ…… ふりかけのお徳用サイズと、 海苔をテキトウに安いの探して買ってきてくれ、 1000円あれば足りるだろ?」 『わかった!』 「じゃぁ、いってくるぜ」 『かえってくんな〜!!』 少年は、ロボットと冗談を交わして玄関を出た。 彼は、表向きには中学生だ。 そういうことになっている。 午前8時10分、康二は家を出た。 マンションの玄関を出て左側に進む。 しばらく歩くと公園があり、そこを過ぎると大きな橋がある。 生徒もまばらに登校していて、康二もその中に混じった。 この橋を渡ると、ある建物が見えてくる。 ……鉄中学校。 鉄町ができてすぐに建てられた学校で、 今年で開校35周年の県立中学校だ。 2045年現在の教育機関は、各都道府県の管轄下に置かれ、 現在のところ、私立の学校は存在しない。 しかし最近では、私立学校の復活を求める運動が 全国各地で行われている。 中央玄関に入り、2学年の下駄箱に向かって行く。 そこで靴を履き替え、 学年カラーの黄色いスリットの入った上履きを履く。 そのまま中央階段を上り、3階を目指した。 この学校では、3学年が2組、2学年も2組、1学年が3組存在し、 西川康二は2学年のA組に在籍している。 ガラガラガラ…… 8時21分、康二は教室に入った。 「お〜っす、こ〜じ!」 「おはようございます」 「おはよー♪」 30人のクラスのうち、15人程度しかまだ登校していなかった。 その中に、割と仲のよい3人組が挨拶を彼に向ける。 茶髪の少年、小田ユウが、机に腰をかけて座り、 その机の持ち主のショートカットの少女、 田島はじめが迷惑そうな笑いをしていて、 彼女の椅子に、ポニーテールの少女、水木ナミが寄りかかっている。 「おはようさん…… 朝からテンション高いな?」 三人ともやたらとニヤニヤと笑っている。 「聞いて驚くなよ、実はなぁ……」 ユウが半ばいやらしげな表情で康二に微笑みかける。 「朝のニュースのロボットか?」 昨日の戦闘の認知具合を確かめたかったため、 康二はガイア兵器とメテオの戦闘の事を聞いてみる。 「違うッ! 今日、国語の山下先生が休むらしいぜ!」 「やったで、ジシュ〜や♪」 「って言っても、自習の時間に別の先生が来ると思うけど……」 ……どうやら、学生達にとって、世界の存亡より、 授業が自習になることの方が重要らしい。 「なんだ、そんな事かよ…… 昨日は、メテオとロボットが戦ってたって言うのに……」 昨日の戦闘の事なんて、どうでも良かったのではないかと思えてくる。 「コ〜クン、宿題やってきたか?」 ナミが関西弁の独特のイントネーションで康二に問い掛ける。 「やったに決まってるだ…… ……あっ!」 三人は、『やっぱり』といった落胆の表情でため息をつく。 「さすが常習犯……」 「コ〜クン、宿題やればセ〜セキえ〜のに……」 「だけど、今日は先生休みだから……」 康二は昨日の作戦のことについて思い起こす。 ちょうど宿題をやろうと思ったときに非常召集がかかり、 急いでメテオブレイカーに直行し、 メテオと謎のガイア兵器との戦闘を繰り広げ、 本部に戻るなり、謎のガイア兵器について康一に抗議し、 家に帰る頃には疲れて着替えずに寝てしまった…… 彼は、宿題をやろうと思うと非常召集がかかるという 妙なジンクスを持っているので、 宿題を忘れることが多くなってしまい、 クラスメイトなどから『常習犯』と呼ばれるようになっているのだ。 「俺、やっちったのか……」 『やっちった!』 三人が息をそろえて康二にその言葉を浴びせた。 メテオブレイカー、ガイア兵器ガーネシアのオペレーター西川康二は、 普段はこのようにして、中学生生活を送っている。 選択 戻る 進む