#5:スポ魂 選択 戻る 進む ----------------------------------------------------------------------- 電車に揺られる。 鉄町の地下を走るメテオブレイカーが管理する地下鉄。 運転手も無い自動運転の車内には、西川康二と水島桜が向かい合って座っていた。 「……」 「……」 無言だった。 無言になるのも無理は無いのかもしれない。 会って一日でサヨナラの日が決まってしまったのだから。 マンションの康二の住む部屋に着くまで、二人は無言のままだった。 ・・・ 「ただいま……」 「……お邪魔します」 午前3時半ごろ。 家を出る前に元気だった権十郎も、省電力モードに移行し、 台座にちょこんと座り、エネルギーを充電している。 「……オヤスミ」 そう言って康二は、そのまま部屋に入っていった。 「……おやすみなさい」 ……桜はその場で立ち尽くしていた。 ・・・ RiRiRiRiRiRiRi!!! 「――どわぁっ! 遅刻かぁぁぁぁぁっ!!」 午前7時30分。 万が一遅刻をしないようにと、 念のために設定していためざまし時計が、康二の部屋で鳴り響く。 いつもは朝の5時半に起きる康二だが、 流石に、昨夜のモビルインセクトとの戦闘に参っていたのだろう。 「――制服! ――カバン!! ――体育着!!! ――確認!!!!」 私服のまま寝ていた康二は、 ドタバタしながらも、身支度を5分で済ませ、部屋を出た。 「ゴン、なんで起してくれなかったんだよ!! ちっきしょぉぉぉぉぉ!」 権十郎に文句を吐きながら、狭い廊下からリビングへ向かう。 「聞いてんのか!?」 『休んじゃえよ……』 リビングに入ってすぐ、権十郎が気だるい返事を返す。 「今日スーパーで特売あるか?」 『たまご1パック10個入りが82円。 納豆4個入りパックが64円。 いつものサラダ油が168円…… それと、米10kgがいつもより200円高くなってるぜ?』 「納豆、サラダ油、ラブコメ味噌!!」 『560円!』 「オッケ!朝飯は……」 「あ、作っといたよ?」 振り返ると、リビングから桜が康二を見つめている。 「……え?」 「お味噌汁とウインナーとたまご焼き、作っといたんだけど…… 勝手にやっちゃ、ダメだったかな……?」 桜は申し訳なさそうな表情をしていた。 「……なんでウチにッ!?」 遅刻寸前の康二には「おっ、わりぃな、サンキュー♪」のコトバが出てこなかった。 「お姉ちゃんが、今日は西川君の家に泊まれっていうから、 そのままついてったんだけど……」 焦る康二とは裏腹に、ゆったりと眠そうに話す桜。 康二が部屋に入ってから今まで、彼女は全く寝ていなかったのだ。 「――そんな話聞いてないぞハカセぇぇぇッ!」 声を裏返しながら康二は絶叫した。 未だ睡魔と格闘している桜は目を瞑って顔をしかめた 『なぁに焦ってんだよ〜 まだ7時40分ちょい前だろ? 間に合うじゃん?』 「今日の俺は生活委員なんだよ!!」 生活委員とは、学校生活全体を総括する委員会であり、 主な活動内容は、生活マナーに関するポスターの製作や、 月に一回の生活委員集会で、校内での生活の乱れの報告。 そして、校門の前に立ち、登校してくる生徒へ「おはよう御座います」と、 先生と当番とで挨拶する……などがある。 朝の挨拶の当番は、今年から何故か日替わりとなり、 スケジュールを把握せずにノコノコ登校すると、 生活委員担当の先生にウォッシャスキャァァァァァされる。 『あ〜今日お前当番か〜』 「ウォッシャスキャァァァァァ!は絶対にゴメンだ!!」 「おっ、おっしゃ……?」 集合時間は午前8時ちょうど……タイムリミットはあと20分ぐらいである。 「くっそぉ!弁当作らなきゃ……」 康二はすぐにキッチンへターンする。 「あ、お弁当ならココにあるよ?」 康二がターンした直後に、桜が言った。 「なんだって!?」 康二が再びリビングを振り返ると、 ナフキンで包まれたお弁当箱らしきものが、食卓に乗っている。 「……ごめんね、お台所使っちゃって」 「サンキュ!」 康二は再びキッチンの方を向き直し、お碗と茶碗と皿を食器棚から取り出し、 ゴハンを盛り、味噌汁をよそい、 フライパンの中にあった、玉子焼きとウインナーを皿に盛りつけ、 キッチン台の上に並べ、箸を取り出し立ったまま急いで食べ始める。 「……ごんちゃん。 西川君っていつもああなの?」 『アイツはテンパるとバカになる……』 「そうなんだ……」 桜が苦笑いすると、口の中を食べものでいっぱいにした康二が吼える。 「ふぁふぁっふっふぇふふふぁ!」 ……おそらくバカって言うな!……といっているのだろう。 「ふぃっふぇふぃふぁふ!!」 口の中いっぱいにしたまま、康二は荷物を持って家を飛び出した。 「……西川君って、面白いね」 『ホント、バカ丸出しだ……』 「ふぅ〜〜〜〜〜〜っ……」 桜は大きくため息をつき、立ち上がった。 「私もゴハン頂いちゃうね」 『遠慮せずにドンドン食え。 税金から回されてるゴハンをな!』 妙な冗談で返事するAIに感心しながら、桜はキッチンへ移動しご飯をよそう。 ――あ〜ぁ。一緒にたべたかったなぁ……。 ------------------------------------------------------------------------- 「ウォッシャスキャボルァァァァァ!」 「げはぁごふぇぇぇぇぇ!!」 生活委員担当教諭、変幻 仁(へんげんじん。担当科目は体育。部活動の顧問は柔道)が、 絶叫と共にウォッシャスキャァァァァァ!の強化版『ウォッシャスキャボルァァァァァ!』で、 康二をウォッシャスキャァァァァァする。 「間に合ったんじゃ……ないんすか……」 荷物いっぱい、お腹いっぱいで倒れた康二が、気力を絞って変幻 仁に尋ねる。 「1分2秒の遅刻アルヨ!」 「ちっきしょぉぉぉぉぉ……」 見逃してくれよ!などと泣きつかない辺りが康二らしいのか、 康二は己の負けを認めた。 康二がメテオブレイカー所属のガイア兵器のオペレーターである事を知る人物は、 鉄中学校の教職員の中でも、ほんの数名だ。 変幻 仁はその事を知らない為遠慮なく、 全身全霊のウォッシャスキャボルァァァァァ!を康二に与える。 「はっは、災難だな♪」 「嬉しそうに言うな……」 康二に近寄り、立ち上がるために手を貸す少年がいた。 彼の名は金沢 輝(かなざわひかる)。 康二がガイア兵器のパイロットである事を知る、数少ない人物の一人だ。 髪の毛をワックスでセットした、ツンツンヘアで、学年イチの色男と女子の間では評判だ。 しかし、彼には恋人となる女子生徒が既にいて、 その彼女との熱々ぶりも校内中に広まっている為、彼に対して告白する女子生徒は居ない。 「なんだよウォッシャスキャボルァァァァァ!って…… いつの間にバージョンアップしたんだよ……つは〜っ……」 「西川センパイマジヘタレ〜」 「どうしたんです〜?」 「遅刻なんてめずらしーな」 「夜更かししてただろ?」 登校する生徒まばらで、なかなか来ないため、 先輩後輩たちが口々に話しかける。 「センパイ、夜9時ぐらい……だっけ? 女の子と一緒に走ってませんでした?」 生活委員当番の女子生徒が、康二に控えめに尋ねる。 「――なんでそれを!?」 ようやく立ち上がった康二だったが、 それを聞いて後ろにのけぞり、ホールドアップの体勢をとる。 「おっ、確定!」 「さすがリアクション芸人!」 鉄中学校の生徒間では、 何故か康二はキレキャラとして認識されている。 キレキャラな上に微妙にオーバーなリアクションをとるので、 妙な通り名「リアクション芸人」が一部で定着している。 「何年何組?おっぱいデカイ?」 輝がすかさず早口で康二へ質問する。 「しらねーよそんなこと!」 反射的に康二は返す。 だが、この答えにも当番生徒達は反射的に返した。 「他校の生徒ですか!!」 「やるなー!」 「マジ不純最高!」 「ナイスアディオス!」 「生活委員のクセに生活が乱れてるぜオイ!」 最後の輝のコトバに康二が叫んで反論する。 「おまえだってニャンニャン三昧だろ!!」 「もっと素直になりたまえ!」 「あ〜っもぉぉぉぉぉ!!」 話が通じず、康二は唸った。 「……」 徐々にに生徒が登校してくる。 「……おはざーす」 活気付く校門。 「ウォッシャスキャァァァァァ! シャツはズボンの中に入れんかぁ!!」 轟くウォッシャスキャァァァァァ。 「色シャツ禁止じゃボルゲェェェノ!!」 注意される不良生徒。 「……!」 騒がしさのあまり、変幻 仁を睨み付ける近隣住人。 ……キーンコーンカーンコーン……。 チャイムが鳴る頃、生徒が走ってやってくる。 「急ぐんじゃるがぁぁぁぁぁ!!!」 変幻 仁の声が消えた頃、チャイムが静まった。 「ほんじゃ、ホームルーム行くか……」 「お疲れさんでーす」 「失礼しまーす」 「ハイハイ急ぐよ〜」 「ふぅ……」 やっと騒がしくて、めんどくさい時間から開放される……。 そう思って、康二は大きく息をついた。 「あの……西川君」 「ハイハイなに?」 「わすれもの!……体操着」 「ありがと……」 「じゃね♪」 「サンキュー……」 ――ちょっとまて!? 「オイ、今の娘、誰!?」 彼女の名は水島 桜。 「嫁だ!嫁がいた!!」 ガイア兵器のオペレーター。 「いやーん不潔!」 長くてサラサラの黒髪で、優しい顔立ちの少女。 「なんか帰っちゃったけど、何歳?」 康二と同じ中学二年生。 「姐サン女房!?」 同年代。 「A、B、C、何処まで!?」 過去に―― 「うっせぇぇぇぇぇ!!」 生徒たちに質問攻めのもみくちゃにされながら、 康二は玄関へと逃げていった。 ------------------------------------------------------------------------- ……昼休みになっても、康二は質問攻めに遭っていた。 いつも食事に行く屋上をあえて避け(ホントは勝手に入っちゃ駄目だけど)、 明かりのない体育館の舞台の袖(ここもホントは勝手に入っちゃ駄目)で、 ひっそりと弁当を食べようとしていた。 しかし、足止め、先回り、尾行など、完全包囲の状態で、 ひっそりと昼食をとる事はできなかった。 弁当を開きながら蓋で隠す。 あまりにも……メテオブレイカー所属のガイア兵器乗りには見えない。 A組のいつもの面々のほかに、B組の生徒も混じっていた。 朝の生活委員で一緒に活動した金沢 輝と、その彼女、榎戸 雫。 スキンヘッド、細身で長身、武道家体系の少年、天然寺紀夫らが加わっている。 「それがあの子の作った弁当か!」 「や〜ん乙女チックぅ〜♪」 「だからそれは……」 否定できない……。 嘘をつくのがあまり好きではない康二は、言葉に詰まった。 「……おぉっ?」 「正解なのかよ!!」 さらに爆笑する生徒たち。 爆笑に乗じて、榎戸 雫が、 康二の弁当箱からおかずをひとつつまんで、お口の中へ。 「あ、この玉子焼きおいしい☆」 「あぁぁぁぁぁっ!勝手に食うなよ!!」 まだ食べていないおかずだったので、康二は思わず叫んだ。 「私もいただきます……あ、ホント!」 「田島さんもか!!」 ふだん大人しく、悪乗りしない(と康二が勝手に思っている)田島はじめも、 珍しく悪乗りして榎戸 雫のまねをしていた。 「よぉ〜し! 今日もこーじの家で晩飯な!」 ユウがさらに乗る。 「さんせー!」 ナミがすぐに賛成と手を上げた。 「俺も混ぜろよ!」 「あたしもあたしも!」 輝と雫も手を上げた。 「勝手に話を進めるなぁぁぁぁぁ!!」 暗い舞台袖がやたらにぎやか……と言うより、騒がしくなっていた。 「じゃぁさ――!!」 輝が妙に声色を買えて、なにやら発言しようとしている。 「――!?」 康二は一瞬、妙な雰囲気に圧倒され、息を詰まらせた。 「6時間目の体育の時間…… 男子は幅跳び……だよな?」 「――!?」 「――!!」 「――☆☆」 「ー―??」 「――おまえの飛距離が俺らより低かったら、 おまえんちで手巻き寿司パーティーナイト!」 「――な、なんだって!?」 ――幅跳びだと? おそらく一番脅威になるのは、ユウだな……。 だがさっきから黙ってる紀夫も侮れない。 それに夜間戦闘の後だから、 俺はヒャクパー(100%)出ないかもしれない…… さっきの英語の時間も寝たし…… スーガクも……寝たし…… 国語も……理科2分野も…… ……つまり康二は、ずっと寝ていたのだが。 「男なら、やるだろ!?」 「うけてたつ! 手巻き寿司は用意が面倒だ!!」 「オッケェ! 一番飛距離が無かったやつがマグロ買って来る、OK?」 「絶対負けない!!」 康二と輝以外は、皆でこう思った。 『や〜い、引っかかった』……と。 ------------------------------------------------------------------------- そして、6時間目が訪れた。 桜が届けてくれた体操着に着替え、 両頬を平手で打つ。 瞳に炎を宿し(たつもり)、グラウンドへと歩みだす。 ……。 「来たな!」 同じA組みのユウが、まるで敵のように迎えた。 「手巻き寿司なんて面倒なもの……絶対に作らない!!」 程なくして、変幻 仁がTシャツ、トレパン姿で現れた。 「体育係ィィィッ! 準備体操はじめェェェェェッ!!」 号令を超えた絶叫が、体育係に向けられる。 「イエッサァァァ!!!」 体育係が絶叫で返した。 ラジオ体操第一、屈伸、伸脚、膝回しなど、 一通りの準備運動が済むと、生徒たちが綺麗に整列する。 「キオツケッ、レイ!! おねがいしまーす!!!!」 体育係が挨拶をする。 『おねがいしまーす!!』 生徒たちも続けて、大きな声で挨拶をした。 「今日の種目は幅跳び! 2時50分まで各自練習! 最後に記録を取るゾウラウォッシャスキャァァァァァッ!」 『ウォッシャスキャァァァァァ!』 何の意味も無い言葉がグラウンドに木霊する。 ……変幻 仁。今、この体育の時間は、彼がルールだ。 生徒たちは、2列に別れ、各々練習を始める。 練習ということもあってか、 フミキリ板までの歩数を数えながら、ゆったり走ったり、 フミキリ板でとまって、場所を確認したりと、 パワーセーブをしているようだが、 練習時間から全力で跳ぶクレイジーピーポーがいた。 「うぉっ!スゲー!! 小田ユウ6メートル12センチ!!」 「輝6メートル29!!」 「紀夫6メートル90センチ!! お前ら飛びすぎだ!!」 陸上部の面子も、面目丸つぶれな好記録を叩き出している。 彼らは皆、勢い良く跳び、着地するものだから、 着地の際、砂場がとても荒れる。 3人ともすべて前のめりで倒れ、 さりげなく男気をアピールしているところも見逃せない。 ――プレッシャーのつもりかよ。 康二の番となり、彼らに負けないように勢い良く跳んだ。 「……は、8メートル32センチ……」 ガイア兵器のオペレータである康二は、 厳しい訓練により、多少、常人離れした肉体を持っている。 さらに集中すれば、プロスポーツ選手顔負けの記録も、 叩き出すことが出来るであろう……って、本当か? 陸上部所属の生徒が腰を抜かして座り込んだ。 その向こうで、ユウと、輝と、紀夫が、不敵に笑っていた。 「な、何がおかしい!!」 不気味な笑いに康二が吠える。 「本番でフミキリ超えないようにね〜♪」 「プレッシャーに弱いこーじなら、うっかりやっちゃうかもね〜」 「いい勝負が出来る事を期待してますよ!」 康二なら負ける事は無い筈だ。 フミキリを越えなければ……。 越えなければ……。 ------------------------------------------------------------------------- 「おっ、はじまる!?」 「榎戸さーん、はじまるよー!」 「キャーッ輝ーッ頑張ってー!!」 事情を知っている3人の女子生徒の騒ぐ様子を見て、 次第にほかの女子生徒たちも、男子の幅跳びを見るようになってゆく。 「ねーねー、えのきー。何があるの?」 鳳凰院みかこが雫に訊ねる。 「幅跳びの飛距離で、康二君が負けたら、 西川家で手巻き寿司パーティーナイト☆」 「あ、ちなみに、飛距離が一番弱い人が、 マグロを買ってくるルールみたいです」 雫が答え、はじめが補足説明をした。 「ふふーん♪」 みかこはニヤリと不気味に笑い、こう言った。 「やっぱりプレッシャーアタック……やっちゃうべきだよね?」 ------------------------------------------------------------------------- 「さぁやってまいりました。 2045年6月、西川家手巻き杯。 種目は走り幅跳び。 2年A組所属、西川康二よりも誰かが遠くに飛べば、 今夜西川家にて手巻き寿司食べ放題。 なお、飛距離が一番低い選手がマグロの切り身を購入するルールです。 野次、プレッシャー、妨害自由。 果たしてどのような結果が待ち受けているのか。 まずは、第一走者、天然寺紀夫の登場です。 天然寺選手、にこやかです。 ギャラリーの女子生徒に対し手を振っています。 なぜかスキンヘッド。棒術が得意。 学年一異彩を放つ天然寺選手、静かに合図を待っています。 …… 走り出しました、 ポップ、ステップ、ジャンプ! これはとんだ! 現代中学生平均距離を大きく引き離す! 彼が中学生の平均値を上げている!! はたして飛距離は!! …… 7メートル! でました7メートル50センチ!! 天然寺選手、自己ベストです! 着地も前のめり、漢です!! いきなりの好記録の後ですが、第二走者小田ユウ選手、 スタート位置につきました。 学年一のお調子者との呼び声も高い小田選手。 そんな彼はおっぱい職人としても有名です。 女性の胸に手を当てれば、カップ数どころか 乳輪の大きさまでもを正確に読み取る事が出来る中学生です。 将来が不安です。 さぁ、スタート。 ポップ、ステップ、ジャンプ! これもすごいぞ! 天然寺選手と並んだか? 彼も着地は前のめり、漢気を忘れていません! さぁ記録は!? …… 7メートル49センチ! おしい、天然寺選手には1センチ及ばなかった! 非常に残念だ!! しかし小田選手、ギャラリーに手を振っています! 誇らしげです!! しかしこのままでは西川康二選手の自己記録、 8メートル32センチには届かない模様。 最後の、金沢選手に期待しましょう。 それでは一旦コマーシャル――」 ------------------------------------------------------------------------- 「なにをやってるんだ?」 なにやらギャラリーとともに実況している男子生徒に康二は問いかけた。 男子生徒はデジタルビデオを片手に、先ほどの幅跳びを実況、録画していたようだった。 「あ、これはこれは、ワタクシB組、映画研究部の三浦 研です」 やたらかしこまった男子生徒。 ひょろりとした姿からは裏腹に、やたら声に圧力がある。 「映研?」 「みかこさんから対決をやってると聞きまして、 記録映像を撮らせていただいてます」 ――ミカコノシワザカ!! 「…あのさ、肖像権とか……」 「イヤイヤイヤイヤ、 映っている方々以外にはお見せしない事を誓います。 ワタクシもお遊びの一環としてやっているので」 「お遊びって…授業中じゃねぇか……」 「あ、金沢選…じゃなかった、金沢君の番ですよ?」 「あーっ、そろそろ行かないと…… ……えっとさ、実況…五月蝿くやるなよ!」 「ハイ、わかりました、それでは」 ------------------------------------------------------------------------- 「金沢輝選手の登場です。 "輝く"とかいて"ヒカル" 学年一の色男の登場です。 現在入手している情報によりますと、 同じB組の榎戸雫さんとラブラブ交際中とのこと。 うわさでは夜中までにゃンにゃン三昧とのことです。 うらやましい! 生活委員所属とは思えない生活態度です。 さぁスタート走った。 ポップ、ステップ、ジャンプ…おぉぉぉぉぉ! これはスゴイ! 8メートル台出たか!? 果たして記録は? …… 7メートル81センチ! 7メートル81センチです!! やはり倒れるときは前のめり! 女子生徒ギャラリーへ投げキッス!! 湧き上がる歓声、黄色い声! なんとうらやましいことか!! …… 高記録が次々と出る中、 西川康二選手、スタート位置につきました。 西川康二選手。まじめでやさしい熱血漢。 得意科目は家庭科。 昨年の秋ごろの調理実習の際、家庭科の先生のレシピに対し 『コッチのほうが絶対ウマイよ!』 と反論、実行して実習をしたとの噂があります。 噂によればその実習成果は、 ものすごく美味しかったらしいです。 さぁ……走った。 全速力。 ポップ…… ステップ…… ――ジャンプ!! これは大きいぞ県大会記録をはるかに越えた! 他の選手に対抗して前のめりに倒れる! しかしギャラリーから黄色い声は無い! はたして記録は!!」 「ただいまの記録―― ――8メートル31センチ―― ――あ、失格!」 「オォゥ……やってくれました、 踏み切り板を過ぎていたようです! まさに期待を裏切らない、ナイス馬鹿! 西川選手には、後日笑いの金メダルを着払いで郵送しようと思います!! それでは映画研究部、三浦 研がおおくりいたしました!」 「……あぁぁぁぁぁ ――俺はクソなんだ! ――この世にいちゃいけない存在なんだ! ――舌噛んで死んでやるうぅぅぅぅッ!! ……って内心思ってるんだろうな、あいつは」 康二の見えないところで、ユウが康二の声まねをして、 女子生徒たちに対してそういっていた。 ------------------------------------------------------------------------- 「た、ただいま……」 学生服とカバン、体操着袋と、 スーパーのビニール袋を手から提げた康二が帰宅した。 うつむき、猫背である。 「……ぁ、だれもいないのか?」 もはや声に力が無い。 彼はげんなりしたままリビングに向かってゆく。 「……水島」 リビングでは、桜がテーブルの前で権十郎を抱きしめて、すやすやと眠っていた。 『……康二、帰ってきたのか?』 「あぁ」 『こいつ、夜寝てなかったみたいだから、静かにしてやってくれ』 「そうだったのか……」 ――こいつ、帰ってきてからずっと起きてたんだな。 ココは彼女にとって他人の家。 おそらく、色々と気を使ってしまって眠れなかったんのろう……。 康二は彼女の健やかな寝顔を見て、申し訳なさでいっぱいになった。 「……あ、でもあと2時間で騒がしくなる」 『もしかして、あいつらまた来るのか?』 「昨日のメンバーに、プラス数人……」 『まぁ、楽しい晩飯になりそうでいいんじゃねぇの?』 権十郎が言った後、康二は目を瞑って大きなため息を吐いた。 「……まぁ、こいつが楽しんでくれればいっか。 ゴン、水島に毛布掛けてやって」 『……mmm』 「ん、ゴン?」 『……あ、あのさ ……そーしたいんだけど……』 権十郎は、桜の腕の中でもぞもぞしているようだが、 彼女のホールドが強力らしく、出られないようだった。 「わかった、俺が持ってくる」 康二は薄手のタオルケットを持ってきて、桜の背中にそっと掛けた。 すると、桜が寝顔のまま微笑んだような気がした。 「さてと、支度しなきゃな……」 ------------------------------------------------------------------------- 選択 戻る 進む